約100人必修・電磁気学をどう設計しているかーオンデマンドだからこそできる現実的な工夫

今年もお世話になりました。電磁気学を履修しているメンバーは年末年始で期末考査への追い込み時期だと思います。頑張ってください!

なぜ板書だけでは無理があるのか

2年生必修の電磁気学は、毎回100人規模の大人数授業です。後ろの席からは板書が見えにくく、私が通常モードで板書すると「理解が追いつく前に式が進む」学生が必ず出てきます。これは大人数授業における本質的な課題であり、教員の熱意や板書技術だけでは解決できない構造的な問題なのです。

一方で、一部のメンバーにとっては板書のテンポが遅く感じられ、「もっと先に進みたい」「難しい問題に取り組みたい」という欲求もあります。100人という規模では、学生の理解度や学習スピードに大きな幅があり、全員に最適なペースというものは存在しません。板書授業では、どうしても早くも遅くもない所に合わせざるを得ず、結果として一部のメンバーは退屈し、一部のメンバーは置いていかれるというジレンマが生まれます。

さらに、電磁気学は数式が多く、一度聞き逃すと次の展開が理解できなくなる科目です。板書では「もう一度説明してほしい」と思っても、授業は先に進んでしまいます。こうした「板書ではどうしても埋まらないギャップ」を埋めるために、授業の設計をオンデマンド前提に切り替えています。

  • 後ろの席問題:100人規模では板書が見えにくく、理解の機会が失われる
  • 理解速度の差:速すぎると感じる学生と遅すぎると感じる学生が同時に存在
  • 一度きりの説明:聞き逃した瞬間、その後の理解が困難になる数式展開、まさに悲劇です。

オンデマンド設計の基本方針

現在の授業運用では、「公式の意味や導出を説明する動画」「問題演習の解説動画」を分けて配信しています。

これは単なる思いつきではなく、海外でも推奨されている「認知負荷を下げる動画設計」の考え方に基づいています。1本の動画に理論と演習を詰め込みすぎず、1つの目的だけに集中できるようにすることで、学生の理解が深まるのです。

公式解説動画では、なぜその式が成り立つのか、どういう物理的イメージなのかを丁寧に説明します。一方、演習解説動画では、実際の問題をどう解くのか、どこでつまずきやすいのかに焦点を当てています。この分離により、学生さんは自分の目的に応じて必要な動画だけを選んで視聴できるようになります。

実際の視聴ログを見ると、多くの学生は演習解説動画を繰り返し視聴し、公式解説動画はえっ??と驚く運用で必要に応じて参照するという「コスパ重視」の学び方をしています。点数を取ることが第一の学生にとっては、これは合理的な戦略であり、私もそれを前提に設計しています。理想論だけでなく、学生の現実的な学習行動を受け入れることが、効果的な授業設計の第一歩です。

公式解説と演習動画を分ける理由

この設計の背景には、認知心理学の「認知負荷理論」があります。人間の作業記憶には限界があり、一度に多くの情報を処理しようとすると理解が浅くなります。理論の理解と問題演習の技能習得は、脳の中で異なる処理を必要とするため、これらを分離することで学習効率が向上するのです。

海外の工学教育研究でも、「マイクロラーニング」と呼ばれる短い動画による学習が推奨されています。10〜15分程度の焦点を絞った動画の方が、60-100分の長い動画よりも集中力が維持され、学習効果が高いという報告が多数あります。本授業でも、各動画を10〜20分程度に抑え、学生さんが集中して視聴できるよう工夫しています。

「速度」と「回数」をメンバーに任せる

動画配信の大きな利点は、学生さんが視聴速度を自由に調整できることです。通常速度でじっくり見たい学生もいれば、1.5倍でテンポよく確認したい学生もいます。板書授業では不可能だったこの「個別最適化」が、オンデマンド動画では自然に実現できるのです。

実験研究では、1.25〜1.5倍の再生速度は通常速度と同等か、それ以上の学習効果を示すことも報告されています。めっちゃ集中しますので。特に理解力が高い層では、1.5倍再生の方が効率が良いという結果も出ています。これは、適度なスピード感が集中力を維持し、冗長さを削減することで認知処理がスムーズになるためと考えられています。

そこで、「授業は100分分きちんと用意するが、どの部分を、どの速度で、何回見るかは学生さんに任せる」という方針を取っています。板書では一度しか聞けない説明も、動画なら自分のペースで止めたり巻き戻したりできるので、理解が追いつかない層へのセーフティネットにもなります。

ある学生は最初に1.0倍で視聴し、2回目は1.25倍で復習し、試験前に1.5倍で全体を確認するという使い方をしています。一部の学生さんは、わかっている部分は飛ばし、難しい部分だけ繰り返し見るという方法を取っています。このような多様な学習スタイルを許容できることが、オンデマンド設計の最大の強みです。

再生速度と学習効果の研究知見

再生速度と学習効果の関係については、近年多くの研究が行われています。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究では、1.5倍速視聴でも理解度テストの成績に有意な低下は見られず、むしろ効率的な学習方法として推奨されることが示されました。マジですか??

ハーバード大学の教育研究では、学生の習熟度によって最適な再生速度が異なることが明らかになっています。初学者には1.0〜1.1倍、中級者には1.2〜1.4倍、上級者には1.5〜2.0倍が適切とされています。2倍速の世界は、やばいです!こんなキレッキレッで現実世界でも話していたいものです。

重要なのは、倍速視聴は「手抜き」ではなく、「効率化」であるという認識です。限られた時間の中で複数科目を学ばなければならない学生にとって、倍速視聴は合理的な戦略なのです。教員側もこれを否定するのではなく、積極的に活用できる環境を整えることが求められています。

学生の多様な学習パターンを支える

  • 夜型学習者:アルバイト後の深夜に集中して学習。自分のペースで進められることが重要
  • 通学時間活用型:往復2時間の通学時間を動画視聴に活用。スマホでも見やすい設計が鍵
  • ノート重視型:一時停止しながら丁寧にノートを作成。繰り返し見られることで理解が深まる

100人の履修者には、それぞれ異なる生活リズムと学習スタイルがあります。アルバイトで忙しい学生、レポートで忙しく寝不足の学生もいます。従来の固定時間の対面授業では、こうした多様な状況に対応することは困難でした。

オンデマンド動画は、「いつでも、どこでも、何度でも」学べる環境を提供します。これは単なる利便性の向上ではなく、教育機会の公平性を高めるための重要な手段なのです。すべての学生が同じスタート地点に立てるよう、学習環境の柔軟性を確保することが、現代の大学教育には求められています。

対面授業時間の再設計

従来の対面授業
  • 板書による理論説明(60分)
  • 例題の解説(30分)
  • 質問時間(10分)

→ 受動的な学習が中心

フリップト型の対面授業
  • 前回の重要ポイント確認(10分)
  • 演習問題への取り組み(50分)
  • 個別質問対応(30分)
  • 発展的ディスカッション(10分)

→ 能動的な学習が中心

オンデマンド動画で理論説明を事前に提供することで、対面授業の時間を「ニコラ・テスラ含めた電磁気学偉人列伝」と「対話」に集中できるようになりました。これがフリップト・クラスルーム(反転授業)の基本的な考え方です。学生は予習として動画を視聴し、授業では実際に問題を解いたり、疑問点を教員や仲間と議論したりします。

また、対面時間には学生同士の学び合いも促進しています。メンバー間の情報交換にもなりますし、ランチもいい時間に食べられますし、オンデマンドと対面のハイブリッド設計により、両方の利点を最大限に活用できるのです。

大人数・必修科目としての現実的なゴール設定

電磁気学は工学の基盤科目ですが、すべての学生が電磁気学の専門家になるわけではありません。必修科目としての役割は、「将来どの分野に進んでも困らない程度の基礎学力を保証すること」です。具体的には、公務員試験や企業の技術職採用試験で出題される電磁気学の問題を解けるレベルを最低ラインとして設定しています。

これは決して低い目標ではありません。クーロンの法則、ガウスの法則、アンペールの法則、ファラデーの電磁誘導の法則といった基本法則を理解し、標準的な問題を解ける力は、工学技術者として必須の素養です。この水準を下回らないよう、試験や課題でチェックしています。

  • 基礎概念の理解:電場、磁場の基本的なイメージと物理的意味の把握
  • 基本法則の適用:標準的な問題に対して適切な法則を選択し計算できる
  • 論理的思考力:公務員試験レベルの問題を解ける思考力と計算力

一方で、より深く学びたい学生には、難易度の高い問題セットや関連科目(電磁波工学など)への導線を用意しています。全員に過度な要求をするのではなく、意欲のある学生には道を開くというアプローチです。

海外の工学教育との整合性

オンデマンド動画と対面授業を組み合わせたブレンド型・フリップト型の授業は、海外の大学でも「大人数の理工系科目における有効なアプローチ」として多数報告されています。特に、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、カーネギーメロン大学などの名門校でも、大規模基礎科目では同様の手法が採用されています。

MITのTEAL(Technology Enabled Active Learning)プロジェクトでは、物理学や電磁気学の授業でフリップト型授業を導入し、学生の理解度が従来の講義形式と比較して有意に向上したことが報告されています。特に、概念的理解を測るテストでの成績向上が顕著でした。

  • 理論説明と問題演習を分けた短い動画:10〜20分の焦点を絞った動画により認知負荷を低減
  • 視聴速度の調整を学生に委ねる設計:個別最適化された学習ペースの実現
  • 対面時間は演習・質問に集中:能動的学習とピアラーニングの促進

これらの実践は、工学教育の国際会議(FIE: Frontiers in Education Conference、ASEE: American Society for Engineering Education)やジャーナル(IEEE Transactions on Education、Journal of Engineering Education)でも標準的な改善策として紹介されています。そういう意味で、本授業の電磁気学デザインは、「日本ローカルの変則運用」ではなく、国際的な潮流とも整合した「ナウい設計」だと言えます。

フリップト・クラスルームの研究成果

フリップト・クラスルーム(反転授業)の効果については、世界中で膨大な研究が蓄積されています。2014年のメタ分析では、フリップト型授業は従来の講義型授業と比較して、学習成果において統計的に有意な向上を示すことが明らかになりました。

特に、理工系の数学・物理・工学科目において効果が高く、概念理解と問題解決能力の両面で改善が見られます。学生の満足度調査でも、「自分のペースで学べる」「繰り返し学習できる」という点が高く評価されています。

ただし、研究では「動画を配信すれば自動的に効果が出る」わけではないことも指摘されています。成功の鍵は、動画の質、対面授業の設計、学生のモチベーション管理、適切な評価方法など、総合的な授業デザインにあります。本授業でも、これらの要素をバランスよく組み合わせることを意識しています。

認知負荷理論に基づく動画設計

動画設計の理論的基盤となっているのが、認知心理学の「認知負荷理論(Cognitive Load Theory)」です。この理論によれば、人間の作業記憶(ワーキングメモリ)の容量は限られており、一度に処理できる情報量には上限があります。学習効果を高めるには、不要な認知負荷を減らし、本質的な学習に認知資源を集中させることが重要です。

本授業では、外在的負荷を最小化するために、動画を短く分割し、視覚的にわかりやすいスライドを使用し、音声と文字を適切に組み合わせています。一方、関連的負荷を高めるために、動画視聴後に必ず演習問題(できれば試験ではどういうヒネリが加わるのか?)に取り組むよう課題を設定しています。ただ動画を見るだけでなく、自分で考え手を動かすことで、理解が定着するのです。

また、マルチメディア学習の研究では、「二重符号化理論」も重要とされています。同じ情報を視覚(図や式)と聴覚(音声説明)の両方で提示することで、記憶への定着率が高まります。本授業の動画でも、式を書きながら音声で説明することで、この効果を狙っています。

今後の展望と課題

現在の授業設計は一昔前よりは一定の成果を上げていますが、さらなる改善の余地もあります。今後取り組みたい課題としては、以下のような点が挙げられます。

  • AIを活用した個別フィードバック
  • 他校との連携と教材の共有

質の高い動画教材を複数で共有し、新しい教育リソース活用のモデルを模索しています。技術の進歩により、教育の可能性はますます広がっています。しかし、技術はあくまで手段であり、目的ではありません。新しい技術を適切に取り入れていくことが重要です。

現実と理想のバランス

理想の教育
  • すべての学生が深い概念理解を獲得
  • 豊富な対話と議論の機会
  • 一人ひとりに合わせた個別指導
  • 研究的好奇心を育む余裕ある時間
現実の制約
  • 100人超の大人数クラス
  • 限られた授業時間と教員リソース
  • 学生の多様な学力と動機づけ
  • 単位取得が優先される現実

常に理想と現実のギャップが存在します。すべての学生に電磁気学の美しさを理解してほしい、マクスウェル方程式の持つ深い意味に感動してほしいという思いは教員として持っています。しかし同時に、100人を超える学生全員がそのレベルに到達することは現実的ではないという認識も必要です。

オンデマンド設計は、この理想と現実のギャップを埋めるための「現実的な工夫」です。完璧な解決策ではありませんが、板書だけの従来型授業よりは、より多くの学生に学習機会を提供し、より効果的な支援ができるアプローチだと考えています。

「完璧を目指すのではなく、現状よりも良い状態を目指す。制約条件の中で最善を尽くす。それが実践的な授業の本質である。」

学生の多様性を認め、それぞれが自分のペースで学べる環境を整え、最低限の基礎は全員に保証しつつ、意欲のある学生にはさらに高みを目指せる道を用意する。このバランスを取ることが、大人数必修科目における現実的な目標だと考えています。

まとめ:制約の中の創造性

100人を超える大人数・必修科目という制約条件の中で、いかに質の高い学習機会を提供するか。この課題に対する一つの答えが、本授業のオンデマンド中心設計です。板書では埋められなかった学生間のギャップを、動画の視聴速度と回数の調整で個別最適化し、対面時間は演習と対話に集中することで能動的学習を促進する。

この設計は、認知負荷理論やマルチメディア学習の研究知見に基づき、海外の工学教育における実践とも整合しています。決して「日本的な妥協案」ではなく、国際的な教育工学の潮流の中に位置づけられる授業モデルです。

もちろん、すべてがうまくいっているわけではありません。自己管理が苦手な学生へのサポート、技術的トラブルへの対応など、課題は常に存在します。しかし、今までのフィードバックと視聴ログのデータを見る限り、この方向性は間違っていないと感じています。

教育は常に進化し続けるべきものです。新しい技術、新しい研究知見、学生からの声を取り入れながら、より良い学習環境を作り続けること。それが教員としての責務だと考えています。この記事が、同じような課題に直面している他の教員の方々の参考になれば幸いです。

 

 

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