光学デバイス・材料特論レビュー:理想の大学教育・研究環境を大学院生が考える

先日の大学院の授業で、3つのチームによる素晴らしいプレゼンテーションが行われました。各チームが異なる視点から大学教育と研究環境の課題を分析し、建設的な提案を行ってくれました。1年ぶりの授業を担当しましたが、内容が一段と研ぎ澄まされておりました。今回はその内容をご紹介します。
グループワーク
「グループワーク」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべますか?講演中にスマホをいじって居眠りする学生、数分程度の表面的なディスカッション、「みんなで頑張りましょう」的な当たり障りのない発言の応酬…そんな光景でしょうか?
電気、電子、化学科で卒論を終え、各々が研究の現実と向き合ってきた大学院生たちが、1ヶ月にわたってチームを組むと色々と話は発散・収束を繰り返していきます。彼らの発表を聞いて、経験と目的意識を持った学生たちの議論は、深く、実践的で、未来志向になるのだと考えさせられました。
第1チーム:国際比較から考える大学講義のあり方
第1チームは、コロナ禍で急速に普及したオンライン授業の在り方について、北欧、シンガポール、アメリカの事例を詳細に調査しました。単なる「海外の教育事情紹介」に留まらず、自分たちの学習体験と照らし合わせながら、より良い講義形態を模索する姿勢が印象的でした。
北欧の事例では、一般的に「デジタル教育先進国」として称賛される現実の裏にある深刻な問題を浮き彫りにしました。1990年代からデジタル教育を推進し、2000年のPISA調査では読解力・数学・科学の3分野で首位だったフィンランドが、2022年には大幅に順位を下げた事実を詳細に分析。急激なデジタル化への対応不足、完全無監督オンライン試験による不正多発、教員サポート体制の不備といった具体的な問題点を明らかにしました。
しかし彼らの分析は問題指摘で終わりません。スロベニアの段階的オンライン導入、オランダのZoomとSafe Exam Browser併用による不正防止システム、フィンランドのオンライン教育専門機関設立など、各国の克服事例も詳細に調査しました。
一方、シンガポール国立大学の二段構成システムや、アメリカの多様な授業形態についても、単なる情報収集ではなく、自分たちの学習経験と関連付けながら分析を進めました。最終的に提案された3軸モデル(座学のオンデマンド化、チュートリアル(少人数または個別形式で行われる授業)での対面ディスカッション、実験の対面中心実施)は、理想論ではなく現実的な改善案として説得力のあるものでした。
第2チーム:理想の研究室活動について
第2チームは、大学院生の研究パフォーマンス向上に焦点を当て、実証的なアンケート調査を実施しました。大学院生を対象とした調査では、90%が装置使用に不便さを経験し、57%が装置制約により発表に影響を受けたという衝撃的な結果が明らかになりました。
研究に必要な高額機器を自研究室で購入できず、他研究室借用時は月XX回程度しか使用できない現実。借用先のメンテナンスで長期間使用不可になる問題。こうした具体的で深刻な課題を、彼らは身をもって体験しているからこそ、表面的でない改善案を提示できました。
研究室単位から学科単位への装置管理体制変更、学生証によるスマートなアクセス管理システム、故障対策の体系化、四工大連携の新たな活用など、革新的でありながら実現可能な解決策が数多く提案されました。
特に印象的だったのは「ジェネラリスト育成」についての議論です。デバイス研究の製品化・商品化にはデバイス知識だけでは不十分で、デザイン知識や他分野の専門知識が必要だという認識は、実際に研究を進める中で「自分の知識だけでは限界がある」ことを痛感した経験があるからこそ生まれる洞察でした。
第3チーム:理想の研究室生活(空間・資金・人間関係の観点から)
第3チームは、各メンバーの研究室写真を用いて現状を可視化する斬新なアプローチを取りました。大型実験装置が研究室を占有し、実際の作業スペースが制限されている現実を、写真という客観的な証拠で示したのです。
しかしながら、研究室の空間問題について、単純に「広くすればいい」という発想を超えた議論が展開されました。広いスペースがもたらす機材管理の複雑化、メンバー間コミュニケーション減少、一体感の希薄化、セキュリティリスクの増大といったデメリットまで検討する視点は、実際に研究室で長時間過ごし、微妙な人間関係や情報管理の重要性を肌で感じてきた経験があるからこそ生まれるものでした。
研究資金の問題についても、科研費獲得や企業共同研究などの資金確保策を提案する一方で、社会的実用性重視による研究自由度低下、成果主義プレッシャーの増加、工夫・節約意識の低下といった「資金確保に伴う新たな課題」まで見据える思考を示しました。豊富な資金による使い捨て文化の弊害まで言及するのは、実際に研究費の制約と向き合いながら工夫を重ねてきた経験があるからこその洞察です。
経験に裏打ちされた議論の深さ
これほどまでに深い議論ができた背景には、彼らが持つ豊富な経験があります。4年間の学部教育を通じて「どんな授業が効果的で、何が無駄だったか」を身をもって知り、卒業研究では研究の楽しさと困難さ、設備の制約、時間管理の重要性を実感し、現在は毎日研究室で過ごしながらリアルタイムで課題と向き合っているのです。
大学院修了後のキャリア形成、研究成果の最大化、限られた時間での効率的な研究推進といった切実な問題意識が、表面的でない深い議論を生み出しました。数ヶ月間チームを組み継続的に議論を重ねることで、互いの専門分野への理解が深まり、建設的な批判と改善案の検討が可能になったのです。
よくある「今日初めて会ったメンバーで短時間ディスカッション」や「みんなで頑張りましょう」的な当たり障りのない意見交換とは、議論の質が根本的に異なっていました。経験と目的意識を持った学生たちの真剣な議論が、これほどまでに建設的で実践的な提案を生み出すことを改めて実感した発表会でした。
授業を終えて
3チームすべてが優れた調査・分析・提案を行い、それぞれ異なる視点から大学教育・研究活動の本質的課題に迫りました。特に印象的だったのは:
- 第1チーム:国際的視野での客観的分析
- 第2チーム:実証的データに基づく具体的提案
- 第3チーム:現実の可視化と多角的思考
学生たちの鋭い洞察と建設的な提案は、今後の大学教育・研究環境改善に向けた貴重な知見となりました。特に、単純な解決策ではなく、それに伴う新たな課題まで見据えた提案は、深い思考力を示すものでした。各チーム内での役割分担と協働も素晴らしく、チームワークの重要性を改めて実感させられる発表会となりました。
大学院での「本当の学び」
学部4年間で身につくのは「基礎知識」です。しかし、現代の技術革新の速度を考えれば、基礎知識だけでは不十分です。実際に手を動かし、問題に直面し、解決策を考え抜く経験が必要です。
- 問題設定能力:何が本当の課題なのかを見抜く力
- 実証的思考:データと経験に基づいて判断する力
- 建設的批判能力:問題を指摘するだけでなく、解決策を提示する力
- 継続的改善思考:一つの解決策に満足せず、さらなる改善を追求する姿勢
これらは、今回の発表で彼らが示したスキルそのものです。
チームワークの質的転換
短時間のグループワークとは異なり、大学院では:
- 専門性を持った者同士の対等な議論
- 互いの知識を尊重し合う建設的な関係
これが構築されていたと実感させられました。これも、彼らが既に「考える力」「提案する力」「実行する力」を身につけているからによるものだと実感しました。
まとめ
彼らの議論を聞いていて、私自身も多くのことを学ばされました。教員として長年教育現場に身を置いていても、学生の視点から見た課題や改善案には、はっとさせられるものが数多くありました。特に、問題を指摘するだけでなく、その解決策がもたらす新たな課題まで見据える思考の深さには感銘を受けました。
大学院での学びは、単に専門知識を深めるだけではありません。複雑な問題に向き合い、多角的に分析し、現実的な解決策を提案する力を養う場でもあります。今回の発表は、まさにその成果を示すものでした。彼らのこの経験が、将来の研究活動や社会での活躍につながることを確信しています。そして何より、こうした質の高い議論を展開できる学生たちを指導できることを、教員として誇りに思います。
この記事は2025年7月17日の授業での学生発表をまとめたものです。真剣に将来を考える学生の皆さんの参考になれば幸いです。