母校で語る海外留学のリアル――明治大学永井研ポリマーサイエンスセミナーレポート

今回は、少し特殊な経験をしてきたので、その話をしようと思います。皆さん、自分の出身研究室に戻って、後輩たちに「海外留学のリアル」を語る機会があったら、どう話しますか?美談を並べるか、苦労話で共感を得るか。私が選んだのは、徹底的に「投資対効果(ROI)」の視点から海外経験を解剖することでした。

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ポリマーサイエンスセミナー
https://www.isc.meiji.ac.jp/~polymer/seminar/index.html
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なぜ母校でこの話をしたのか

20251125日、明治大学理工学部応用化学科・永井研究室でのポリマーサイエンスセミナーに参加しました。テーマは「海外研修で見えた世界と研究の可能性」。実はこの依頼、かなり明確な目的がありました。メールを引用します:「留学募集が始まっており、数名が検討を始めているところですが、申請書の作成において海外留学のイメージを深めておいた方が好ましいと思ったからです」

つまり、これは単なる体験談披露会ではなく、学生の意思決定を促進するための戦略的プレゼンテーションだったわけです。しかも相手は私の学生時代の指導教員。綺麗事は通用しません。

母校という特殊な環境

明治大学永井研究室は、私にとって2004年から2012年まで過ごした場所です(途中少し抜けました)。博士後期課程でポリマー膜とナノ材料の基礎を学び、研究者としての土台を築いた研究室。その場所に、東京電機大学の教授として戻る。この状況、冷静に考えると興味深いんです。

卒業生が母校で講演するとき、2つのパターンがあります。

  1.  「あの頃は大変でしたね」的な懐古モード
  2. 「今の私があるのは○○研のおかげです」的な感謝モード

どちらも悪くはない。でも、今回求められていたのは、学生の行動を変える具体的な情報でした。だから私が選んだのは、徹底的にデータとロジックで固めた「海外留学のコスパ分析」です。

30分という制約の中で何を伝えるか

時間配分は、発表:20分、質疑応答:10分です。プレゼンテーションの世界では、1分につき約150語が標準的なペースとされています。20分なら約3,000語。この制約の中で、以下の5つを網羅する必要がありました:

  1. なぜ今海外なのか?(データによる裏付け)
  2. マレーシア・オーストラリアの日常生活(具体的エピソード)
  3. 研究スタイルと現地ラボ文化の違い(構造的分析)
  4. 失敗・苦労・その乗り越え方(リスクマネジメント)
  5. 帰国後の変化(投資回収の実例)

特に重要だったのは、最初の「なぜ今海外なのか?」です。ここで説得力のあるデータを示せなければ、残りの話は単なる個人的体験談に堕してしまう。

投資対効果で見る海外留学

スライドで提示したデータがこれです:

日本人留学生の最新トレンド(2024年)

オーストラリア:全体72万人中、日本人16,904人、マレーシア:全体15万人中、日本人1,257

この数字、何を意味するか。オーストラリアは日本人学生にとって「安定した投資先」です。英語圏、治安、学位の国際的認知度――どれをとっても高水準。一方、マレーシアは「新興市場」です。コスパは圧倒的に良いが、情報の非対称性が大きい。永井先生が日本包装学会誌に書いた論文「海外留学のススメ」(2024年)でも指摘されていますが、留学先選びは完全に目的関数で決まります。

海外留学のススメ~今こそチャンスを掴もう!~

私の場合、2024年の研修では「予算と物価と家族の状況」というパラメータがありました。だからマレーシア工科大学(UTM)を主軸にしつつ、オーストラリア、フィリピン、シンガポール、インドネシアのネットワークもカバーする戦略を取った。これは完全に合理的判断です。すみません。

現実を語ることの価値

講演で最も力を入れたのが「事務手続きと予期せぬ困難」のパートです。ここ、綺麗事では済まないんです。

  • ビザ申請の遅延:手続きが予定より3週間遅れ、渡航直前まで許可が下りませんでした。現地大学の国際課は動きが鈍く、毎日担当者と教授に連絡し、最終的には教授が直接クレーム電話をしてようやく解決。
  • 家族ビザの問題:家族帯同ビザは急な制度変更で取得できず、何度も交渉を試みましたが結局不可能に。半年はビザランしながら滞在し、後半は単身生活。
  • 実験・時間にルーズ:現地ラボや大学はとにかく時間にルーズ。指定日に行っても誰もいない、機器や薬品管理もテキトー、ガスの純度記載も??という文化が普通。

これ、学生にとって最も価値のある情報なんです。「トラブルは起こるもの」と考え、起きた時にどう対処するかを事前に整理しておく。この現実主義が、海外で生き残る力になる。

そして、スライドの最後にこう書きました:「海外にいくと第6感が研ぎ澄まされます」

これ、冗談ではなくて、本当にそうなんです。日本では「制度は機能する」「約束は守られる」という前提で生きています。でも海外では、その前提が崩れる。だから、自分の直感と判断力が研ぎ澄まされる。

その後見えたもの

失敗したとき、どうやって立ち直りましたか?というのも今回のケースでは発想がそもそも間違っています。海外では『選んだ手を正解に変えていく修正力』が必要なんです。家族ビザが取れなかったとき、私は諦めずに単身期間を東南アジアネットワーク構築に使った。これは立ち直りではなく、戦略の修正でした。これは、研究における仮説検証と同じプロセスです。予想と違う結果が出たら、その結果を最大限活用する新しい仮説を立てる。これが科学的思考の本質です。

さて、学生にはどう響いたと思いますか?正直、わかりません。留学への申請意欲が向上するか反応がわからず不安です。

ただ、個人的には種を蒔くのが私たちの仕事で、芽が出るかどうかは学生次第と思っております。教員ができるのは、情報と機会を提供すること。それをどう使うかは、最終的に学生自身が決める。母校で話すことの意味は、そこにあるのかもしれません。自分がかつて学んだ場所で、今度は次世代に情報を渡す。そのサイクルが、研究コミュニティを回していく。

日本の理系学生が持つアドバンテージ

講演で強調したポイントがもう一つあります。「日本の理系は非常に強い」ということ。海外では、学部卒では大企業で良いポジションに雇ってもらえません。小さい企業で経験を積み、働いた後に大学院に入って年収を上げていく。通常、博士課程で初めて学術論文を投稿します。一方、日本では学部卒でも大企業に入れる。修士になればその比率が高まる。しかも、修士から博士へのキャリアパスも用意されており、博士からの外資系企業への道も開かれている(競争は激しいですが)。

さらに重要なのは、世界中のどこの大学でも勉強する教科書はほぼ同じで、習得すべき専門知識も世界共通だということ。学費の安い日本の大学は、コストパフォーマンスが非常に良い。日本では修士からでも学術論文を投稿できるチャンスもある。つまり、日本の理系学生は、世界的に見てかなり恵まれた環境にいるんです。その上で海外経験を積めば、「日本の高度な教育×国際経験×実装能力」という三位一体のスキルセットが手に入る。

これ、投資回収で考えたら、めちゃくちゃ良い案件です。

現実主義で、割り切る・整える力

プレゼンの補足スライドに、こんなことを書きました。「きれいごとじゃなく現実を直視し、合理的にサバイブする技術」で五点ほど作成しましたが、一点だけ掲載すると、「留学も人生も正解のない不毛な議論が必ず発生する。成果を期待しすぎると潰れる。ストレスを減らすコツは『諦める・切り替える・作戦を変える』を恐れないメンタル」

これ、学生向けのアドバイスとしては、かなり辛辣です。でも、これが現実でもある気がします。

投資としての留学

最後に、ビジネス的な視点でまとめます。

投資(コスト):

  • 時間:数ヶ月から1
  • 費用:渡航費、生活費、学費(制度により異なる)
  • 機会費用:日本での研究活動の一時停止

リターン(得られたもの):

  • 国際的な研究ネットワーク
  • 異文化適応力と問題解決力
  • 学会発表実績と国際共著論文
  • キャリアにおける差別化要因
  • 自己認識の深化

特に注目すべきは、最後の「自己認識の深化」です。海外に出ると、自分の強みと弱みが嫌というほど明確になります。日本では気づかなかった自分の特性が、異文化という鏡に映し出される。これは、自己投資としては最高のリターンだと感じます。

永井研の学生たちへ

講演の最後、こう締めくくりました:

「迷っているなら、まず動いてみてください。完璧な準備を待っていたら、いつまでも出発できません。小さな一歩が、やがて大きな飛躍になります。スキルの『希少性』『合理性』『リスクヘッジ』の3本柱を徹底的に追求するなら行くべき!」

しかしながら、結局申請に何人が出したのかは分かりません。でも、それでいいんです。種を蒔くのが私の仕事で、芽が出るかどうかは学生次第。母校で後輩たちに語るという経験は、自分自身の研究人生を振り返る良い機会にもなりました。明治大学で学んだこと、凸版印刷で働いたこと、東京電機大学で教えていること、マレーシアとオーストラリアで経験したこと――すべてが一本の線でつながっている。

次に永井研を訪れるのは、学生の一人が「佐藤先生の話を聞いて、マレーシアとオーストラリアに行ってきました」と報告に来てくれる時かもしれません。

その日を、楽しみに待っています。

 

 

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